マーケティングと行動心理学 その17―フット・イン・ザ・ドア―
家電量販店などでレジ待ちをしている際など、携帯会社のアンケートを求められたことはありませんか?レジ待ちの時間だけだし、まあいいかとアンケートに答えていると、契約していたプランが古く、損をしていると告げられ、気がつけば相談カウンターでさっきとは全く違う話題の最新機種について話し込んでいる。なんて経験はありませんか?これは小さな要求を承諾させてからだんだんと要求内容を大きくしていき、最終的に目的であった要求を承諾させる「フット・イン・ザ・ドア」という心理テクニックが使われています。今回は営業テクニックとしてもよく使われるこの効果を紹介していきます。
1. フット・イン・ザ・ドアとは?
2. 3つの注意点
3. ビジネスシーンでの活用事例
4. 今回のまとめ
フット・イン・ザ・ドアとは?
フット・イン・ザ・ドアは、日本語で「段階的要請法」と呼ばれ、段階を踏みながら最終的に自分の要求を通す説得法のことを言います。名前の由来はセールスマンが交渉するにあたり、「お話だけでも」と玄関の外側から相手先のドアの内側へと足を挟み込む様子からきているそうです。そして、相手の様子をみて「パンフレットをご覧になりませんか?」「お時間があればゆっくりご説明させていだきます」などと、少しずつ要求を上げていきながら、最終的な目標であるセールスへとつなげていくのです。なかば強引にも見えるこのやり方ですが、営業手法としてとっても役に立つそうです。なぜそんなにうまくいくのでしょうか?それは人の心理の動きにカラクリがあります。人の心理は自分が行った行動や選択した判断を、自分で自覚し「自分はこういう人間なんだ」と認知する働きがあります。そしてその認知に基づいてこれからの行動を選択する傾向にあります。「自分はこういう人間だ」→「だから次もこうしよう」といった感じです。例えばあなたが電車でお年寄りに席をゆずって感謝され、周りの人からも「感心だ」という目で見られたとします。その時あなたは「自分は親切な人間だ。」と認知します。すると次もそうであろうという心理が働き、その後も高齢者に席をゆずったり、親切な行動をとるようになります。では先にあげたセールスマンの例に戻すと、「お話だけでも」という小さな要求に対して一度相手に承諾させると、相手は自ら「私はお願いを聞いてあげる親切な人だ」と認知します。するとその後も、パンフレットは?詳しい説明は?と要求が徐々に大きくなっても「私は親切な人だから聞いてあげよう。」となるわけです。わかりやすくするために「親切」という言葉を使いましたが、必ずしもそれだけではなく「商品に少しだけ興味がある」「買い替えを考えていた」など、口実はなんでも良いです。「興味があるから話を聞こう。」「興味があるからパンフを見よう」「興味があるから購入しよう」と選択する行動に一貫性が生まれます。人は言動と行動に一貫性がある人が信頼のおける人と無意識に思っている節があります。小さな要求にイエスと言っておきながら、その小さなイエスと関連の深い大きな要求にイエスと言わなければ、一貫性がない人、つまり信用のおけない人になってしまいます。そんな人間だと思われたくないという「一貫性の原理」という心理効果が働いていることからいとも簡単にうまくいってしまうのです。「一貫性の原理」については「マーケティングと行動心理学 その7―ディドロ効果―」でもすこし触れています。参考までにご覧ください。つまりフット・イン・ザ・ドアとはこの「一貫性の原理」を巧みに利用した交渉テクニックです。特に我々日本人は、まじめで義理堅い人種といわれているだけに、この手法はなおさら有効と言われています。
3つの注意点
初めの要求を小さくしすぎず、段階的に大きくする
フット・イン・ザ・ドアにおいて、最初の要求は相手にとって受け入れられやすいものでなくてはなりません。ですが、かといって最終的に受け入れてほしい要求からあまりにもかけ離れているようでは、本命の要求は断られてしまう可能性が高くなってしまいます。よって、最初に要求する内容は、最終的に相手に受け入れてほしい要求から逆算して設定する必要があります。例えば本命の要求が「商品の年間契約してほしい」という内容だった場合、最初の要求が「1日契約」では要求の差異が大きすぎてうまく行かない可能性が高くなります。この場合は、「1ヶ月契約」あたりから交渉できると可能性が上がります。また、もし最初の契約を「1日契約」と小さくしすぎてしまったのなら、次の要求を「3週間契約」「1ヶ月契約」といった段階を踏むことで、本命の「年間契約」につなげやすくなります。じっくり時間を掛けて本命の要求までつなげましょう。
相手に対して社会的に望ましい依頼をすること
フット・イン・ザ・ドアは「自分はこういう人間なんだ」という自己知覚に基づいた「一貫性の原理」を使ったテクニックであることから、悪い人間なんだと自覚させるより良い人間なんだと自覚させるほうが抵抗感が少ない傾向にあります。例えば「恵まれない国の子供達のための教育基金に寄付をお願いします。額は小さくて構いません。この基金の趣旨にご賛同ください。」というように社会的に望ましい依頼のほうが抵抗感なく承諾を得られることが多くなります。「では5,000円だけ」と寄付したとして翌年、「昨年は寄付をありがとうございました。しかし子供達の置かれている環境はなかなか改善されません。この基金の趣旨を理解していただいているあなたには一層のご支援をお願いしたいのですが」と言われてしまうとやはり「一貫性の原理」から断ることが困難になります。これも社会的意義のある内容であればあるほど断りきれなくなるはずです。
小さな要求を受け入れてもらったとき報酬を与えない
こちらからの簡単な要求を通すために、相手に何らかの報酬を渡そうとした人もいるのではないでしょうか。人は報酬を受け取ってしまうと、自分から進んで行っていた行為に対してやる気を失うという性質があります。これを「アンダーマイニング現象」といいます。例えば、「料理の知識や技術を学びたい」という自発的な想いから無償で食堂で働いていた若者に対し、「これからも頑張ってほしい」とオーナーが給料を与えたとします。普通に考えれば、給料がもらえたことでモチベーションが上がると思うかもしれませんが、実際はこの若者のやる気は低下し、徐々に給料なしでは働かなくなってしまう。というのがアンダーマイニング効果と考えられています。良かれと思って報酬を渡すことで、かえってやる気を削いでしまい、最終的な「契約」という目的の達成に悪影響を与える可能性があることも知っておきましょう。
ビジネスシーンでの活用事例
お試し期間
「この商品をまずは使っていただいた上で検討ください」は定番的なセールス文句のひとつですが、いきなり長期間の契約となるのではなく、試しに使ってみてから正式な契約を促すことで、正式契約の確率がアップします。例えばコーヒーメーカーなど、利用してみなければ使い勝手がわからない商品や、高額であり即購入とはいかない商品など、顧客が購入に踏み切れないときにこの方法は有効です。
メルマガ登録
メルマガの登録を促す場合によくとられる手法もフット・イン・ザ・ドアを活用しているといえます。メルマガを登録してもらうには、メルマガの存在を知らせる必要があります。そのためにまず、目を引く誘導バナーをデザインしたり、誘導バナーの掲載位置を検討したりします。目を引き興味の引く内容であれば、メルマガをクリックしてもらえる確率は高まります。そして、訪れた人がメルマガに魅力を感じれば登録をして、商品を購入する機会の増加につながります。
試供品
化粧品などでよくある試供品もフット・イン・ザ・ドアの活用事例となります。試供品を手にとってみて試しに使ってみてから、購入を勧められると購入率が上がります。「無料サンプルなら試してみようかな」と気軽に承諾してくれますが、先述の「アンダーマイニング現象」で相手のテンションを下げてしまわないように使い所を考えなくてはなりません。
今回のまとめ
今回は、フット・イン・ザ・ドアの注意点や活用事例について紹介しました。このテクニックは、営業だけでなく他のビジネスシーンやプライベートにも活用できる交渉術です。しかしこのテクニックは交渉相手との関係性も非常に大切です。相手と良い関係を築くことでより高い効果を発揮します。そのため正しく理解し、頻度に気をつけて効果的に活用してみてください。
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