プロスペクト理論で読むマーケティング心理
私たちが毎日下す意思決定には、理性的な判断だけでなく「感じる」部分が大きく影響しています。これは特にマーケティングや広報、広告設計の現場で「行動心理学」の知見を活用する際に無視できない視点です。今回は、プロスペクト理論という心理理論から、特に「損失を避けたい」という人間の心理=「損失回避性」に着目し、そこを応用した技法である「フィア・アピール(恐怖訴求)」を中心に解説します。最新データやデジタルマーケティングの観点も取り入れ、2025年時点でも活用できる実践的な戦略に仕立てました。
プロスペクト理論とは何か
プロスペクト理論は、行動経済学の分野でダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏が1979年に発表した理論で、「人は必ずしも合理的な選択を行わない」という点に注目しています。
具体例として、次のような選択を考えます。
A:100%の確率で10万円を得る
B:50%の確率で30万円、50%の確率で0円
期待値で見ると B の方が高いにも関わらず、実際には多くの人が A を選びます。これは「確実に得る安心感」が優先されるからです。さらに「損失が絡む場面」では選び方が逆転します。
C:100%の確率で10万円を支払う
D:50%の確率で30万円を支払うが、50%の確率で支払わなくて良い
こちらでは多くの人が D を選ぶ傾向があります。損失を回避したい、という強い心理が働くからです。
つまり、プロスペクト理論は「得を追うより、損を避けることに人は強く反応する」という“ゆがみ”を捉えた理論なのです。この理論を整理すると、主に次の3点が挙げられます。
・損失回避性(loss aversion):得をしたときより損をしたときの方が、人は強く感じる。
・確実性効果(certainty effect):確実に起こることに対し過大反応し、不確実なことには冷静。
・参照点依存性(reference dependence):人は絶対的な数値ではなく、自分にとっての「基準(参照点)」を基に判断する。
これらの特性を押さえることで、マーケティングや広告設計において「行動を促すフレーム」が見えてきます。
フィア・アピール(恐怖訴求)の構造と活用
数ある活用例のなかでも、特に注目したいのがフィア・アピールです。これは、決して“恐怖を煽るだけ”というわけではなく、「もし〜しなければ損をする/〜しておかなければ後悔する」という心理に訴えかける手法です。
フィア・アピールのメカニズム
フィア・アピールが有効に働く背景には、先に挙げた「損失回避性」があります。人は“失いたくない”という気持ちが“手に入れたい”という気持ちより強くなるのです。例えば、保険の広告で「もしもの時に安心」「備えておくと安心」というフレーズよりも、「もしもの時、家族はどうなるか?」という問いかけを含んだコピーの方が記憶に残り、行動に繋がりやすくなります。さらに、デジタル時代においては以下のような拡張も可能です。
・Web広告で「あと〇時間で締切」「在庫残り〇名」といった限定感・緊急感を訴える。
・メールマーケティングで「このまま放置すれば○%の確率で〜」といった失うリスクを明示。
・SNS動画で「〜を放置するとこんな未来に…」と状況をストーリー仕立てで描く。
フィア・アピールの使いどころ
フィア・アピールが特に有効な場面には次のようなものがあります。
・初動購買を促したい新商品・サービス:懸念=未取得・損失を前提に訴えることで、行動の動機をつくる。
・顧客離脱防止/既存顧客への追加提案:例えば「このまま継続しなければ保険金額が減ります」「メンテナンスせずに放置すると…」という風に「今あるものを失うかもしれない」という視点を提示。
・採用・ブランディング領域:若手人材採用で「このチャンスを逃すと、5年後が変わります」といったキャリアの機会損失を描く。
成功事例:最近のケース
・サブスクリプションサービス:ある音楽配信サービスが「あと3日で料金が値上げされます」というフィア・アピール型のメールを送ったところ、配信停止予定者のうち30%が継続手続きに至ったという報告が出ています(2024年、某国内調査より)。
・健康食品/サプリメント広告:新型生活習慣病リスクを示し、「放置すると〇〇の確率で…」という訴求を加えることで、資料請求数+15%という成果が出た例もあります(2023年、マーケティングプラットフォーム調べ)。
・法人向けSaaSサービス:契約更新時に「このまま更新しないと、〇〇万円の機能が使えなくなります」と明示し、更新率が従来比+10%となった顧客もいます。
フィア・アピールを使う際の注意点
ただし、フィア・アピールは扱いを誤ると逆効果になることがあります。以下のような点に注意してください。
・過度な不安喚起:ただ漠然と「損しますよ」と言うだけでは信頼を失いかねません。根拠・データ・具体性を備えることが必須です。
・解決策の提示:恐怖だけを与えて「どうしたらよいのか」が示されていないと、行動に繋がりにくくなります。
・倫理的配慮:特に医療・保険・金融などでは不当な恐怖を用いると、法的・倫理的リスクがあります。
・ターゲットとのズレ:若年層・シニア層それぞれに響く“不安”は異なります。「損失=何を失うか」の認識をターゲット視点で整理しましょう。
その他のプロスペクト理論応用技法
フィア・アピール以外にも、プロスペクト理論を応用した有効な技法があります。元記事では主に以下の2つが紹介されています。
リスク・リバーサル(リスク保証)
消費者・顧客側が抱える「買って失敗したらどうしよう」「損したくない」という不安を、企業側が保証・肩代わりすることで障壁を下げる技法です。例としては「返金保証」「全額返金30日以内」「無料トライアル」「修理保証付き」など。近年では、サブスクリプションサービスやクラウドサービスで「30日間無料利用+解約OK」という形で採用されており、契約率向上に寄与しています。
フレーミング効果
同じ事象でも伝え方(フレーム)を変えることで受け手の反応が変わるというもの。例…
・「90%の人が満足しています」
・「10%の人は満足していません」
このように同じ数字でも「得している視点」か「損していない視点」かで印象が変わります。人は利益を語るなら確実性を、損失を語るならリスク表現を重視する、というルールを覚えておくと、マーケティング設計で効果が上がります。
デジタル時代の応用拡張
2020年代においては、デジタル広告・SNS・動画プラットフォーム・チャットボットなど多様なタッチポイントがあるため、プロスペクト理論の活用も“活用状況”が変化しています。例えば…
・Chat GPTやAIチャットで「今ならこの提案を逃すと、〇〇の機会を失います」というメッセージをパーソナライズ配信。
・リターゲティング広告で「検討中のあなたへ:あと24時間で価格改定します」という限定提示。
・Webセミナー登録ページに「今申し込まないと、◯◯枠は満席になります」といった即時反応を促す設計。
これらを踏まえて、「損失/不利益/機会損失/限定枠」というキーワードは、2025年以降もマーケティングメッセージで高反応を得るワードとして注目です。
マーケティングへの具体的な設計ステップ
フィア・アピールを含めたプロスペクト理論的アプローチを実務に落とし込むためのステップを整理します。
STEP1:ターゲットの“失いたくないもの”を洗い出す
・顧客が商品/サービスを使わなかったときに「何を失うか」を想像する。例えば、育児用品なら「安心感」「時間」「家族の笑顔」など。
・自社が提供する価値が“得るもの”だけでなく、“失わないためのもの”という視点で言語化できるか。
STEP2:参照点を設定する
・ターゲットが現在「当たり前」と思っている状態(参照点)を把握し、それを動かすような訴求を設計。
例:「今このサービスを使っていない人=将来的に〇〇万円の機会を逃す」など。
STEP3:表現を設計する(フレーム設計)
・得失どちらを訴えるかを決める。損失を訴えたいなら「〜しないと後悔します」というような文言。
・タイトル・見出し・冒頭文で「限定」「残りわずか」「〜しないと損」という言葉を丁寧に使う。
・誇張しすぎず、具体的な数値や実例・証拠を提示。信頼性を担保。
STEP4:行動喚起(CTA)とフォロー設計
・恐怖を感じた後に「ではどうすればよいか」を明確に提示。例えば「今すぐ無料相談」「24時間以内登録で…」など。
・行動を起こした人が「正しい判断をした」と感じられるよう、フォローメール/確認ページ/事例紹介を用意。
STEP5:効果測定と改善
・配信や広告実施後、クリック率・コンバージョン率・離脱率などで効果を測る。
・「失うリスクを提示→行動誘導」のステップでどこがボトルネックかをチェック。
・A/Bテストを用いて「損失訴求」vs「得る訴求」のどちらが反応が高いかを継続検証。
よくある誤解とその回避策
誤解1:フィア・アピール=恐怖を煽ればいい
単に「怖い」と感じさせれば良いわけではありません。恐怖を感じた先に「どうすればよいか」が見えないと、行動には繋がりません。逆に離脱や拒絶反応を生む可能性もあります。
誤解2:すべてのターゲットに同じ「損失」を提示すればOK
ターゲットによって「何を失うと感じるか」は異なります。若年層には「時間をムダにする」「チャンスを逃す」、シニア層には「健康を失う」「安心を失う」など。ターゲットごとに失うものを設計しましょう。
誤解3:デジタル広告には適さない
むしろ、デジタル広告・SNS・メールマーケティングは「タイムリミット提示」「限定オファー」など恐怖訴求(=損失回避)に適しています。しかも、データ測定がしやすいので改善・最適化を進めやすい環境にあります。
まとめ
プロスペクト理論が教えてくれるのは、「人は得をするより損を避けることに強く反応する」という本質です。マーケティングや商品設計において、この「損失回避性」に着目することで、あなたの発信はぐっと行動を促す力を持ちます。
特に「フィア・アピール(恐怖訴求)」は、
・顧客が「失うもの」を明確に意識する設計
・行動への明確なステップ提示
・ターゲット別の“失いたくないもの”の設計
という構造を押さえれば、強力なマーケティングメッセージになります。もちろん、倫理や過度な煽りには注意を払いながら、デジタル時代の多様なタッチポイント(広告・SNS・メール)を活用して、発信設計と測定・改善のサイクルを回すことが重要です。あなたの次のキャンペーンに、ぜひこの視点を取り入れてみてください。